いじめについて思うこと2

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この記事を書いている頃、また子どもがいじめの被害に遭い尊い大切なたった一つの命を自ら断ちました。

親御さんの心情がわかるなんて言いません。辛いなんてものではないですよね。そこで出てくるのが学校の対応が、、とか担任の先生の対応が、、教育委員会が、、という批判です。

もちろんこういった批判は大切です。
これからいじめで命を絶つような悲しい事件が起こらないように。

でも、それには時間がかかります。過ちを認めようとしない大人もいる。

私は思うんです。
命を絶ったお子さんは、本当は逃げたかったんじゃないかって。

本当は学校に行きたくなかったんじゃないかって。

でも、逃げられなくて絶望してしまったんじゃないかって。
なんでこんなことを感じるのかというと、私も高校生のころ辛いいじめに遭っていたからです。

毎日が辛くてそれでも頑張っていたんだけど、もう頑張れなくなって親に相談したんです。

「高校行きたくない」

その時の精一杯の私の言葉、訴えでしたが親は「何言ってるの?」「高校辞めたら社会でどうするの?」「中卒なんて止めなさい!!将来に関わる」と。

親の言っていることは、今はわかります。

でも、当時はこう思いました。
「親は私より社会の方が大事なんだ」って。
悲しかった。
声をあげて泣きたいくらい。
でも押さえ込んじゃうんです。
そして絶望してしばらく苦しんだ後、自分の存在している意味がわからなくなり、自宅の台所で包丁を取り出しました。

私は思いとどまったけど、その一歩先に進んでしまう子どももいる。

いじめでなぜ自分の命を絶ってしまうのかといえば、自分の存在している価値がわからなくなるからです。

「私なんかいらない。」

「私がいなくても誰も困らない」

こんなふうに本気で思ってしまう。
本気でそう思ったら、自分の命を断つことが選択肢として出てきてしまう。

だからいじめは怖い。
集団の力は温かく人を助けることもあれば、その逆もある。

いじめを乗り越えてほしい。
社会に出るのに学歴なかったらどうするの?
さまざまな不安、恐怖が親にはある。

それでも、子どもがいじめの訴えをしてくれたらそれは相当な勇気を振り絞って言っています。

だから自分の命より大事な子どもをいじめるような人たちがいるところから逃げてほしい。
お家でゆっくり休ませてあげてほしい。

暖かいご飯、お風呂、ふかふかの布団。

安全なところで休むことが何よりも子どもの命を救います。

学校に訴える前に、いじめた加害者と向き合う前にまず、子どもを安心、安全を感じられるところに逃してあげてほしい。

それはいじめから逃げるように思えるかもしれない。
「なぜ、被害者が逃げなければいけないのか」と思うかもしれない。

でも、それでも子どもの命の方が大事だと私はそう思います。

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