判断を止める「失敗が怖い」感覚とは

読了目安:約3分(1418文字)

前回の記事「子どもを学校に行かせるべきか」「休ませるべきか」で悩む人へで書いた、私たちの判断が鈍る背景には、その判断を下したときの“失敗への恐怖”があるという話をしました。

どちらを選んでも、
「もし間違っていたらどうしよう」
「取り返しがつかなかったらどうしよう」
そんな失敗した未来が頭をよぎると、人は自分が下した判断に対して「本当にこれで大丈夫なのか...。」と 疑問を抱くようになります。

多くの人がとっている情報探し

どちらを選んでも、

「もし間違っていたらどうしよう」
「取り返しがつかなくなったらどうしよう」

と不安になったとき、多くの人が無意識に取っている行動があります。

それは、「より納得できる情報」「この人なら信頼できそうな意見」を探しに行くことです。

本やネット、専門家、経験者の話。
「これなら間違いない」と思える言葉に出会えた瞬間、一時的に安心します。

その安心が続き、迷いが消えて行動に移せるなら、何の問題もありません。

何度も不安になる理由

ところが実際には、

「本当にこれでいいのかな」
「別の見方もあるんじゃないか」

そうやって、
また不安が顔を出し、情報探しの旅に戻ってしまう。

このループを繰り返している方は、少なくありません。

もしあなたが、
「不安になる → 情報を探す → 一時的に安心する → また不安になる」
この循環の中にいるとしたら、今回の話は役に立つかもしれません。

情報はどこも大体同じ

例えば、「学校に行かせた方がいいのか、休ませた方がいいのか」で悩んだとき。

ネット上では、「休ませた方がいい」と書かれていることが多いです。

これは、多くの人の体験の積み重ねから、その結論に至っている、ということでもあります。

つまり、情報そのものが間違っているわけではありません。
一生懸命探して得た多くの情報は間違っていない。
信頼できる情報に出会えたのに、数日経つと不安になる。

これは別の背景が働いています。

それでも不安が消えない根本的な理由

それでも不安が消えないのは、
原因が「情報」ではないところにあるかもしれない。

この視点に立つと、今まで見えてこなかったものが見えてくるようになります。

どれだけ情報を集めても、判断した後の不安がなくならない場合、必要なのは「正しい情報をとる」ではありません。

必要なのは、
自分の中で何が判断を止めているのかに気づくことです。

ここで、自分の中で何が判断を止めているのかに気づくワークを紹介します。

できれば、少し集中できる環境でやってみてください。
(「なぜ」と問いかけ続けるので、責める気持ちではなく、優しく問いかけます。)

① 今、判断を迷っていることを書き出す
(例:学校を休ませるか、行かせるか)

② それに対して問いかけます
「なぜ、そう思う?」

③ 出てきた答えに、さらに問いかけます
「なぜ、そう思う?」

これを、
もうこれ以上言葉が出てこないところまで
繰り返してください。

行き着いた言葉が示しているもの

もうこれ以上出てこないところで出てきた言葉は、「どうしたらいい?」と迷子になってしまう本当の原因に、かなり近い場所にあります。

大切なのは、
それを“なくそう”とすることではなく、
自分の中に、そういう恐れがあると知ることです。

判断を変える前に、情報を増やす前に、一度立ち止まって「自分は何を怖がっているんだろう」と見てみる。

それだけで、思考の中に少し余白が生まれます。

次にどうするかは、その余白ができてから考えても、遅くはありません。

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