親が好きなことをしても不登校が解決しない理由

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不登校で家にいるお子さんに、登校を刺激してみたり、話を聞いてみたり、見守ってみたり、アドバイスしてみたり。

色々なことをしていって、でもどうしたって子どもは動き出さない。
そして、だんだんと変わらない毎日にうんざりしてきて、

「子どものことばかり考えるのはやめよう。」
「自分の好きなことをして過ごそう。」

と思ってお友達とご飯に行ったり、やってみたかった習い事をしてみたり、行きたかったところに行ってみたりと自分の好きなことをやって過ごす。

でも、お子さんは動き出さない。
不登校という状況は変わらない。

なぜ、好きなことをしているのに子どもが変わらないんだろう。
そう疑問に思ったことはありませんか?

同じことをしているのに、不登校が解決する家庭と解決しない家庭。
どうしてこんなに違った結果になるのか気になる方はこの先も読んでみてください。

同じことをしているのに違う結果が出る。

これは、「自分が好きなことをする」ことがその人にとって根本課題の解決になっているかどうかが鍵になっています。

例えば根本的な課題に「我慢」があったとします。
今まで、自分のしたいことを我慢して頑張ってきた。
周りの顔色をみたり、機嫌をとってきた。
でもなんか苦しい、うまくいかない。
家で好き勝手やってる子どもを見て腹が立つ。


でも、ある日

自分の好きなことしてもいいんだ。
という情報が入って、好きなことをする。

根本課題にあった行動をして、その結果満たされて、子どもが好きなことをしていることも受け入れられるようになってきた。
そうしたら、子どもが元気になって行動し出して、不登校が解決した。

これがその人が抱えていた本質的な問題とその解決のための行動が一致していた場合に起こった流れ。

でも、もし「好きなことをする」ことが本質の問題とずれている場合。

家にいてだらしない子どもを見るたびにストレスが溜まる。
夫も協力的じゃないし、先生も何考えてるのか分からない。

「なんで私ばっかりがんばらないといけないの?」と思って、自分の好きなことをする。

散歩に行ったり、好きなお菓子買ってみたり、習い事してみたり。
ちょっとストレスが減った。
でも、家に帰ると子どもは変わらない。

「全然、変わらないじゃん。」

とため息が出る。

この場合は、根本的な課題が別のところにあります。
例えば、根本的な課題として、「頑張っていないと価値がない」
があるとしたら、いくら好きなことをやっていたとしても、家に帰ってのんびり過ごしているこどもをみてはイライラしたりもやもやして辛くなり、根本解決にはつながっていきません。

不登校解決にいいとされる行動をやってみても、なかなか解決しない場合
そもそもの根本課題がなんなのかに意識を向けると、表面的な行動の解決策に振り回されなくなります。

もし色々手を尽くしても解決しないなら
こちらを読んでみてください。